KAZUMA OBARA

1年後の警戒区域を歩いて

«帰村、除染。旧警戒区域(2)再稼働決定前夜、関西電力本社前»

IMG_2618-Edit.jpg

先日、宮城県の被災した小学校に訪問し、取り壊し予定の校舎と児童がさよならをする会に参加させて頂いた。

久しぶりに学校を訪れてはしゃいでいる子供たちをよそに、涙を流す保護者も見られた。


宮城、岩手の被災地の多くの場所で、形あるものが、少しずつ壊され、まるで何もなかったかのように、

その痕跡が失われつつある。被害にあった建物の取り壊しを惜しむ声を被災地のそこかしこで聞く。


「建物がなくなると気持ちの帰る場所が無くなってしまう」。

と、仮設校舎で新たな学校生活を送る小学校の校長先生が言っていた。


「結局、イメージじゃだめなのよね。私は土台しかない我が家から、

濡れてぼろぼろになった写真や壊れた茶碗まで持って帰ってきた。

何かあった時に、気持ちが帰れる場所があることが大事なの。

それは触れることの出来るモノじゃないと。

想像はいつか失われてしまうかもしれない」と。


先月、約1年振りに警戒区域内を撮影した。以前は車窓からその風景を眺めただけであったが、

今回は半日かけて、ゆっくり歩きながら撮影することが出来た。


1年と3ヵ月。人間に使われることのなくなった、建物がひっそりと並んでいる。

信号は黄色か赤で点滅しているか、点滅すらしていないか。

「20キロ圏内なんて、スラムみたいな感じ。人っ子一人いない、

作業員が乗ったバスやそこに関係する人間が行き来するためだけの地域。

県外から来た原発作業員の言葉を思い出した。


建物があっても、そこを訪れることが制限され、年に2回か3回だけ帰ることの許される場所。

新築のアパートからは今にも人が出てきそうだ。閉ざされたカーテンから人間の香りがする。

誰もいない中学校の校舎には汚染土が黒いカバーに包まれておかれている。

しんとした町並みに僕の線量計だけがピーピーピーピーと虚しく響いている。


一時帰宅した男性が言っていた。

「もう、廃墟だよ。あそこにはいたくない。」

家に戻ると雑草が玄関までの道を塞ぎ、閉めたはずの玄関の鍵が開いていたという。

彼には帰る家があっても、帰りたいと思える家は失われていた。

手に触れることは出来ても、それ自体は、心を落ち着かせる効力を失ったただのモノとなった。

彼にとってはイメージこそ、気持ちの帰ることの出来る場所かもしれない。そう思った。


津波被害にあった商店街を歩いていると不思議な感覚におそわれた。

僕がこれまで撮影してきたどこの被災地とも似ているようで似ていない光景。

それは震災後、1ヵ月から2ヵ月を経た頃の被災地のようではあった。

建物の取り壊しが了解済みか否か、被災した家の壁に赤字で「OK」や「X」が書かれていたあの頃。

片付けをある程度終えた家は、被災しているものの、泥にまみれた家財が整頓されていた。

混沌とした風景の中に整然とした風景が少しだけ同居しはじめたあの頃。


決定的に違うのは色だったのかもしれない。

新緑に近い若葉が被災した家を取り囲み、道路から撤去された瓦礫は津波をあまり感じさせない町並にしていた。


しばらく、車が1台も通過しない時間が続いた。

商店街をぬけ、少しひらけた道路に出ると、

タイベック姿でマスクをつけている作業員の車とすれ違った。


福島第二原発の見える海岸線を歩いた。

4匹の牛が雑草に埋め尽くされた田んぼをゆったりと歩いている。

2匹の雉が怯えるふうも無く、その横を歩いている。

数十羽の鴨が以前は田んぼであっただろう場所に浮かび、

遠くからは、ビブラートをかけながらさえずっている鳥が宙を上下に飛んでいる。

もう、そこは人間の領域ではなかった。

自然と人間の関係が逆転してしまっていた。


牛に近づくと一定の距離を保ち、遠ざかって行く。

私が遠ざかると一定の距離を保ち、近づいて来る。

それを何度か繰り返した後、

牛たちはもうほとんど誰も走ることのなくなったコンクリートの道をわたり、

隣の田んぼへと移って行った。

一頭の牛が足を止めこちらをじっと見ている。さっきも自分を見ていた牛だ。

十秒程見つめあっただろうか。

するどい目つきだった。

僕はこの牛たちに対して責任があるんだと思った。

この牛だけじゃなく、そこにいた人間にも植物にも、

関わりのある全てものに対し責任があるんだと思った。

私は言いようもない罪悪感に苛まれ、気づいたら泣いていた。

とにかく申し訳なかった。


海から吹く風は涼しくて気持ちよかった。

遠くには福島第二原発の棟が小高い岡の向こうに、うっすらと見えた。

かつては人間の英知を結集させたと思っていた建造物のすぐ目の前では、人間の生活が自然に飲み込まれようとしていた。


僕ら外部の人間はもっとここから学ぶことがある。

明るい未来に向かって無理矢理、前に進もうとする前に、しっかりとこの状況と向き合う必要がある。

補償も再稼働も除染も、全ての問題の原点がここにあると思った。






©2010 KAZUMA OBARA All rights reserved.